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      生きる力を身につけたたくましい子供を育てる

電話でのお問い合わせはTEL.0155-23-7604

〒080-0022 帯広市西12条南17丁目3


学校法人帯広葵学園 理事長 上野敏郎  

ー 目 次 ー

  序曲    −だれでもはじめは子どもだった−
  第1楽章 −葵の幼児教育事始め−
  第2楽章 −9人の新入園児から−
  第3楽章 −幼児行政に動き−
  第4楽章 −国会の議論から−
  第5楽章 −帯広市議会では−
  第6楽章 −葵の幼児教育誕生の裏側−
  第7楽章 −昭和39年の子どもたちは−
  第8楽章 −日本・北海道の幼稚園は−
  第9楽章 −初めての卒園式−
 第10楽章 −幼稚園の普及−
 第11楽章 −葵幼稚園は?−
 第12楽章 −昭和42年の新聞記事から 1−
 第13楽章 −昭和42年の新聞記事から 2−
 第14楽章 −葵の園児113名−
 第15楽章 −入園受付の混乱回避−
 第16楽章 −105人の巣立ち−
 第17楽章 −市内園児数2000人超−
 第18楽章 −こども新聞に見る昭和46年−
 第19楽章 −支援を形に−
 第20楽章 −昭和48年の幼稚園事情−
 第21楽章 −法人認可が降りた日−
 第22楽章 −混合保育を導入−
 第23楽章 −新たな出発−
 第24楽章 −昭和49年の幼児教育事情−
 第25楽章 −障がい児の受け入れ等−
 第26楽章 −総園児数300人超える−
 第27楽章 −幼児教育とまちの動き−
 第28楽章 −幼児教育に回りでは………。−
 第29楽章 −幕別葵幼稚園を断念−
 第30楽章 −町立幕別幼稚園の誕生−
 第31楽章 −源照学園の新しい試み−
 第32楽章 −再び園舎増築−
 第33楽章 −最も多い卒園児数を記録−
 第34楽章 −園児数減少傾向へ−
 第35楽章 −幼稚園教育と時代の変化−
 第36楽章 −園児減 行列もなく−
 第37楽章 −葵の子の歌できる−
 第38楽章 −幼稚園「冬の時代」−
 第39楽章 −幼稚園就園率の向上と現実−
 第40楽章 −葵西幼稚園の新設計画−
 第41楽章 −葵西幼稚園設置ならず−
 第42楽章 −葵西幼稚園に電動式プール−
 第43楽章 −葵西幼稚園の開園報道ならず−
 第44楽章 −葵幼稚園に閉園問題−
 第45楽章 −課題解決の山、高し−
 第46楽章 −理事会一新の背景−
 第47楽章 −盛りだくさんの報道記事−
 第48楽章 −葵幼稚園の存続に課題−
 第49楽章 −NO!『「孤」育て』社会−
 第50楽章 −葵西幼稚園に赤い汽車バス配置−
 第51楽章 −西高東低の園児数顕著−
 第52楽章 −葵幼稚園ついに100人割れに−
 第53楽章 −葵幼稚園ではドッジボールが盛んな時代−
 第54楽章 −葵西幼稚園に温泉プールがオープンしたが・・・−
 第55楽章 −幼稚園と保育園に機能融合―瓜幕保育園−
 第56楽章 −葵南幼稚園に田口新園長就く−
 第57楽章 −葵南幼稚園の活動記事目立つ−
 第58楽章 −園児募集は3歳児がカギ−
 第59楽章 −想定外のO157−
 第60楽章 −35日ぶりに笑顔の登園−
 第61楽章 −葵西幼稚園、給食再開に目途−
 第62楽章 −葵と葵南幼稚園を統合、葵西の定員増許可−
 第63楽章 −南町に新園舎建設=帯広の森幼稚園−
 第64楽章 −源照学園、次のステージへ−
 第65楽章 −新しい園舎で出発−
 第66楽章 −理事会体制等を一新−
 第67楽章 −二冊の閉園記念誌−
 第68楽章 −預かり保育で特色出す−
 第69楽章 −幼稚園と保育園、園児逆転の兆候−
 第70楽章 −幼稚園人気に格差−
 第71楽章 −帯広の森幼稚園、悲願の増築−
 第72楽章 −新しい幼稚園のイメージ求めて−
 第73楽章 −新規事業で忙しく−


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